西暦962年~1806年

     苦労人(962) 人はお迎(1806)え 神聖に

     東フランク王国(後のドイツ)は現在のフランスにあるブルゴーニュ地方
     (ワイン産地として有名ですね)やイタリアも征服して強大になり、962年に
     ローマ法王から“ローマ帝国”と自称する事を許可されました。随分後になって
     “神聖”という接頭語が勝手にくっつけられ、『神聖ローマ帝国』になりました。

     名前がかっこよかったお蔭で、850年間も存続できましたが、1806年、
     ナポレオンの挑発により、 一部の州が独立を希望し、帝国は滅びました。
     (滅亡前の600年ほどは“ハプスブルク家”による独占統治でした。)

     ところで、ドイツにもフランス同様、複数の王朝があったのですが、
     その統率力は「町内会長」ぐらいのもので、各地の大名がバラバラに
     支配権を行使していました。ですからドイツに於ける王朝らしい王朝は、
     『ハプスブルク朝だけ』と覚えてしまって良いでしょう。

     
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