西暦1431年

    ジャンヌの意志 最(1431)後に燃えた ルーアンで

   前々回に紹介した英仏百年戦争が始まって間もなく、全世界にペストが大流行し、
   ヨーロッパでも人口の3分の1に当たる3千万人の死者が出ました。そんな状況下
   での戦争で、おまけに英仏両軍とも兵士はほとんど傭兵なので非常に無気力な
   小競り合いを繰り返していました。特に人数では圧倒的に勝っていたフランス軍は
   全くやる気がなく全戦負け続きでした。

   そんな時、ドイツ国境の田舎に住むジャンヌという17才の娘が神のお告げを
   聞いた と言ってフランス皇太子に会いに行き、槍部隊の指揮を任され、
   オルレアンの戦いで大勝利をおさめフランス軍の最終的勝利のきっかけを
   作りました。
  
   その後ジャンヌは敵の捕虜となり、宗教裁判の結果、異端と審判され1431年に
   ルーアンという街で火あぶりの刑に処せられました。享年19才で灰はセーヌ川に
   流されたのですが、心臓だけは何故か焼け残っていたと噂されました。

   この心臓は『聖なる心臓(サクレ・クール)』として崇められ、信奉者達によって
   "聖心修道会”が設立され、世界各地に聖心女子学院や病院、寺院などが
   建てられました。パリのサクレクール寺院の前には高さ5メートルの巨大な
   ジャンヌダルクの騎馬像があります。

     

     
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