西暦1522年

     世界一周  行こうフーフー(1522)  マゼランと

   コロンブスが新大陸(本人はインドだと勘違いしていましたが)を発見して20年後、
   ポルトガル人のマゼランという人が指揮する船団が南米最南端(マゼラン海峡)
   ルートを発見し世界一周航海を成し遂げました。 1519年出港時の総勢は
   280人で、世界で初めて太平洋(マゼランが命名)を横断し、1521年に
   フィリピンに到着しました。しかし原住民との戦いでマゼランは命を落として
   しまいます。その後 船団はインドネシアで香料を入手して1522年に帰国
   しましたが、生存者は、18名だけだったそうです。

   そもそも「大航海時代」が何故始まったのか、そしてそれがスペインとポルトガル
   の2国だけの独占的な競争だったのは何故かと言うと、この2国は、当時の西欧で
   最も珍重されていた“金(きん)とスパイス”の両方を大量に保有していたイスラムに
   1492年まで占領されていたからです。中東経由ベニス商人の独占ビジネスに
   対抗する為、西回りで、金と香料を獲得し、同時にイスラムより前にキリスト教を
   布教しようと考えたのです。

   ローマ教皇もアジア地域への“布教”を条件に、スペインとポルトガルに対して、
   『先にたどり着いた方の領土にしていいよ』と宣言しました。日本にも1549年に
   ポルトガル船がやって来たのですが、彼らが驚くほど整備された地域だったので
   ポルトガル領にはなりませんでした。日本は凄い国です。
  

      
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